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きかっけ


気づけば2がちゅ。

予定では、今頃はもう卒制はおえて
家業の確定申告書類にとりかかってる予定でしたが

最後の最後にまたヒビが入ってしまい
未だ作品修復の毎日です(あと、パネル制作も)。


でも、全体像はみえてきたので
ラストスパートってところでしょうか。


その前に
今回の卒制で気づいたことがあるので
シェアを(というか自分への備忘録)。


まず、おぢは今まで
陶芸の「作り方」というものについて
深く考えたことがありませんでした。

まれに「ロクロか手びねりか」みたいな話しを
工房内で小耳に挟んでも
「作り方はあくまで手段だから、作りたいものができれば」みたいなこと
言ってました。



おぢが今回卒制で作っているのは
「縄文時代のものと思われる食器土偶」でして
昨年末に更新したブログに書いたように
そのかたちは途中で大きく変わりました。


変わった「きっかけ」は
先生の「縄文土器は、塞いだかたちのパーツを、あとからつなげて作っているんだよね」
というひと言でした。


あ、年末、どちて坊やの箇所で
「答えは自分でみつける」と書いた気がしますが
あれは『この歳でどちてって「気持ちわるっ」って思われやしないか』という
今さらの見栄が働いたせいでして


学校でのおぢは
実は、ずーーーーと質問をし続けています(笑)


先生たちは、制作のプロですが
教えることでのプロでもありますからね、
直接の答えをくれることもあれば
ヒントになる言葉を言ってくれることもあります。
上のひと言のときは、後者だったのでしょう。



で、工房に戻り
その作り方で再トライし、
夢中で作っているうちに
全く別のものができていた、というワケなのですが


今日このブログでシェアしたいのは
この「夢中」ってときの状態になるには
ってところなんです。


だって、普段想像力乏しいおぢが
この夢中時間内だけは
ちょっといい感じで作れたんですよ。
うまく言えないけど、手が勝手に動いていく、、、みたいな。



実は、最後の網壺を作ったときも
一瞬同じような状態になった気がしました。


これは
もしや何か法則があるのでは?と思い
今日、振り返ってみて気づいたのです。

そこには、どちらも
自分にとっては新しい「作り方」があったことに。
(網壺は別の先生に古い時代の壺を見せてもらってその作り方を聞きました)



今のところのおぢの仮説はこうです。


まず、作品にはそれぞれ、ふさわしい「作り方」というものがあり
そこに、自分の「思い」がぴったり重なったとき
手を動かすことの中からアイデアが出てきて
手が勝手に動いていくような状態になる(ことがある)


うげげっ!

言葉にすると
おそろしく陳腐&当たり前のことやー



でも、夢中って感覚
人によってそうなるきっかけは違ってて

おぢの場合
それが「作り方」かもしれないという気づきは
忘れないでおきたいと思いました。

夢中で作ったものが特別よいというわけでもないですが
次回アイデアがわかないときに
この方法がまた使えたらいいな
というもくろみを込めて。

そして、なにより、きっかけをくださった先生たちに感謝の気持ちをこめて。


おぢ



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左端にいる観客のおばあさん。見かけはかなりのお年でしたが、演奏に合わせてのキレキレダンス。素敵でした。



















by katachi_web | 2019-02-05 23:00 | ● 日々
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